hatumamaのブログ

26歳の息子、2016年2月11日縊死

こんな事、有るんですね😢

今、病棟勤務 満床状態

一人で16人をみている状態(>_<)

更に、今日腰痛の女性の方85歳の入院 そして、検査後アナムネをとり家族構成を

なんと2人のお子さんのうち息子さんを20歳の時 自死で他界。そして自分自身に

どうして警察みたいに事情聴取みたいな事しないといけないの?って お聞きしながら うる目になってしまった😵💧

その患者さんが「色々な事が重なり悩んだんじゃろね?10年位息子の事で鬱状態だったよ。でもね、今は もう大丈夫よ。」って

10年 この方はその上 何か人様の為になろうと40代後半~今に至ったとも おっしゃり

あ~他界の息子さんの哀しみを

世に訴え 予防策を考えておられたんだろうなって

hatumamaと同じ考えの持ち主


その後 旦那様も会社で62歳で事故死されたとの事

更に「主人の亡くなった何十倍も息子の自死は苦しんで悲しんだし、後を追おうとも思った。」

こんな年輩の方の同じ立場の話を聞けた事は貴重だ


このブログの自死遺族の方にも是非とも読んで頂きたく載せて見ました。

整形外科で入院されたのにhatumamaは、この事だけがインプットされ

今一度 考えさせられた


哀しみ方、心の復活の仕方

人、それぞれだけど

後10年

いや20年

辛いけど、悲しいけど

こんな年輩の方が乗り越えられた道のりを考えると尊敬する

救われる命、救われない命って 運命なの?

数々の事故

なりゆき


どうして、その現場にいたの?

いつもは乗らない飛行機、車、電車

その日に限ってとか

よく耳にする。

1分1秒の為にとかも 良く耳にする


事故は少しずつ忘れられている日航機事故、様々な遺族の思いが時々思い出される。

平成生まれの子供達は遺族以外知る者は少ない。

hatumamaの父は道路公団の仕事をしていた

当時、国鉄職員が赤信号にしてあるのに作業の5人をはね飛ばし一人は亡くなり、父も腰椎骨折、頭部打撲等で1W間意識が戻らなかったが一命をとりとめた。

後3人も骨折で重症、hatumamaは当時小六

父の所に毎日行った

その時の看護婦さんに凄く良くして貰い「絶対、看護師になろう」って父に話して小六からの夢が現実の職に就けた。


自死にしても

もし、息子を福岡方面ではなく山口県内で近くに就職

同居だったら

息子の苦しみを

もっと解ってあげて救えたのかもしれない

でも

息子とのラインで「そっち(山口)で就職探す」は、亡くなる一年前~

彼は中々、今の職場を辞めようとしなかった

安月給で夜勤も多い身体のコントロールも難しいのに

やっぱり、社友に恵まれお金ウンヌンでは なかったのが昨日の友達何人かを見て余計感じた。

ま~元嫁の近くは辛い

でも愛娘は会いたい

葛藤したに違いない


此れからの事、全ては一人一人の本心を見抜くのは難しいけど

時々

疑問に思った事や

相手が何かに衝突していないか

目配り気配りし

運命を運命と片付けない事も必要なのかな?


気持ち、心にゆとりのある人になれる様に努力しょう。

本当の友達 亡息子は幸せ物

この2日間、一周忌に来れなかった友達が6人来て下さいました。

福岡、熊本、大分、宮崎、防府

本当に本当に

有難いな~心から嬉しかった。

こんな遠い(山口県)所迄

今日もhatumama宅でお線香あげて、お墓参りして下さり

夕食招待し、遠方なので先程

さよなら👋しました。

この2日間、充実して大変だったけど貴重な2日間だった

幸せ者の亡息子

本当にアホ

生きて、生きて

もっと、この人達と楽しんで欲しかったです。

26、27、28歳を迎える今年

月日の経つ早さに

困惑しそうなhatumama


hatumamaは今月で55歳

少し去年の心の傷が

ほんの少しだけど小さくなったかな⁉


いつもブログで応援して下さる皆さん

まだまだ 心の迷路は有りますが

坂を登り続けています。


有難い気持ちを忘れません。

猫母さん

hatumamaの為に資料まで

この場を借りて

「ありがとうございます」


疲れたので早目におやすみ🌃します。

↓昨日行った岩国の山賊の夜景